2007-07-04 家族 62年前、高松市は未明にアメリカ軍の空襲を受けました。 この前も、あるおばあちゃんと話していると、 私の兄弟が空襲で亡くなったと言ってました。徳成寺も丸焼け。 そこから長い苦難がはじまります。高松市では、千数百名の方々が亡くなりました。 それだけの方が亡くなっても、昨日やめた大臣の ような考え方が日本人の根っこにあります。誰も責任を取っていないってことですよね。 ということは、ちゃんと日本人が責任を 取れるようになるまで歴史は繰り返すんでしょうね。写真は高松空襲に用いられた焼夷弾のレプリカです。