家族 62年前、高松市は未明にアメリカ軍の空襲を受けました。

この前も、あるおばあちゃんと話していると、
私の兄弟が空襲で亡くなったと言ってました。

徳成寺も丸焼け。
そこから長い苦難がはじまります。

高松市では、千数百名の方々が亡くなりました。
それだけの方が亡くなっても、昨日やめた大臣の
ような考え方が日本人の根っこにあります。

誰も責任を取っていないってことですよね。
ということは、ちゃんと日本人が責任を
取れるようになるまで歴史は繰り返すんでしょうね。

写真は高松空襲に用いられた焼夷弾のレプリカです。