法事 何ゆえの超能力?

オウム事件から20年が経過して
被告の裁判が今も続いている

仕事がうまくいかなくなって
超能力に興味を持ち、うさんくさいと思いながら
教団に電話を架けたのがキッカケだったそうだ

人は必ず行き詰る
思い通りになる人なんて誰もいない
生・老・病・死。何一つ自由などならない。

なんでも思いどおりにできる超能力がそんなに欲しかったのか?

「人は自分の望みを叶えるためなら、喜んで何かを差し出す」
と聞いたことがあるが、超能力を手に入れたいがために多くの人のいのちを奪い
自分のいのちまで差し出したと言うのか?

思い通りならなくたって構わない
自分の限界まで挑戦してダメなら諦める
その覚悟があれば、大事件にはならなかった

超能力を欲しがる狡猾な心と
その狡猾な心の持ち主を食い物にする宗教
とは、魚心あれば水心の如し。

自分が欲した怪物に、自分が蝕まれてしまう。