2か月に一度、皆さんと学んでいます
暮らしの中の仏教語、この度は「悲願」でした
私たちの念願が叶うことではありません
自分が救われればそれでおしまいでなく、あなたと一緒にしか救われません
という願いのことです
親鸞さんが「悲願」から問いかけられたエピソードを紹介します。
山に帰ろうとする親鸞が、赤山禅院の前で、美しい女性に声をかけられます。
「私には深い悩みがございます。どうか、山にお連れください」と願う女性に対し、親鸞は、
「それは無理です。あなたもご存じのとおり、このお山は伝教大師が開かれてより、女人禁制の山です。とても、お連れすることはできません」
と断ります。
すると、女性はあきらめるかと思いきや、意外な言葉を口にします。
「伝教大師ほどの方が、『一切衆生 悉有仏性』の経文を読まれたことはなかったのでしょうか」驚く親鸞に、女性はたたみかけるように、
「親鸞さま。このお山には、鳥や獣のメスはいないのでしょうか。汚れたメスが入ると、山が汚れるといわれるならば、すでに鳥や獣のメスで、この山は汚れています。鳥や獣のメスがいる山へ、なぜ人間のメスだけが、入ってはならないのでしょうか」と。